腎虚と漢方療法

腎虚と漢方療法

メンタル疾患にも有効な漢方処方をまとめました。
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滋養強壮の天然成分で健康を回復

漢方には腎虚という概念があります。腎虚の病態に陥ると、腰痛や下肢痛また足のしびれなどの自覚症状が出ると漢方医学では考えられています。このような病態に投与されるのが、有名な牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)という漢方薬です。これは十種類の生薬を配合した処方で、腰痛にしばしば用いられています。こうした漢方のほか、生薬を単独でも使うことがあります。代表的なものが、すっぽんや、まむしなどの動物生薬です。精力増強や滋養強壮だけではなく、アンチエイジングや美肌におおいに効果があるとされている、動物生薬の代表がスッポンです。スッポンは、漢方医学で古くから使われ、滋養強壮の動物生薬として、江戸時代には庶民のアンチエイジングにも頻繁に使われてきた歴史があります。現代でもさまざまなサプリメントがあり、すっぽんのサプリメントもいろいろなものが出ています。その中でも、天然の原料粉末だけを用いており、保存料や着色料などの添加物を含んでいないものがいいでしょう。養殖されたスッポンですが、農薬や添加物などの検査をしっかりとしており、価格を安価におさえているものがおすすめです。長く続けるには価格が高すぎたりするものが多く、動物生薬の含有量が少なく、グリセリンなどで容量を増してカプセルにしたり、錠剤にして、添加物ばかりになっている製品も多々見ます。スッポンをそのまま粉末にしてパックしているだけというシンプルな製法で理想的な製品もあります。市販されているカプセルや錠剤がいかに余計なものを入れて容量を無駄に増やしているかを考えれば、スッポン粉末だけでつくられた製品は長く続けるのであれば、もっとものぞましいでしょう。

牛車腎気丸と八味地黄丸

もし、若々しい自分を40代以降も維持したいのであれば、牛車腎気丸や八味地黄丸をのむことをおすすめします。この二つの漢方は配合内容は八種類の生薬は同じです。八味つまり八種類の配合に、牛膝と車前子を追加したのが、牛車腎気丸なのです。これらはどちらも加齢による腰痛や下肢の痛み、しびれなどに使われている処方です。八味地黄丸は、江戸時代から、アンチエイジングの漢方として日本でも広く普及していた処方です。精力増強や滋養強壮にも、おおいに役立つ処方です。最近の研究によると、八味地黄丸を服用することで、白内障の進行を予防しますし、骨密度の低下も防止することが判明してきています。頻尿や乏尿などの尿の出具合の異常を正常化させてくれる処方として、前立腺肥大症にともなう夜間の頻尿や、過敏性膀胱にともなう頻尿などに広く応用もされています。昔から、若返りの漢方として知られてきた八味地黄丸ですが、抗加齢作用が期待できる処方として、ぜひ、活用して頂きたいです。滋養強壮や精力増強には、八味地黄丸は、男女ともにおおいに効果が期待できます。そのため不妊症の治療などにも、併用してもよい漢方薬なのです。漢方薬は空腹時に服用するのが原則ですので、食前30分前や食間に服用しますが、もし、そうした飲み方で胃がもたれる場合は、食後に飲むことにすれば解消されます。ほとんどの人で問題なく飲める漢方ですが、胃が虚弱な人の場合、空腹時の服用で、胃が、もたれることがあります。その場合は、食後に服用すればよいでしょう。

疎経活血湯(そけいかっけつとう)

八味地黄丸を飲んでいると、体が元気になり、疲れにくくなり、だるさがとれてきます。若返った感じを実感し、意欲的にものごとにとりくめるようになります。精力増強、滋養強壮の漢方として、男女ともにおすすめです。腰痛になると、消炎鎮痛剤や湿布で痛みを抑えることが多いようです。しかし、漢方には、腰痛を治せる処方がたくさん伝わっています。急性腰痛症に、もっともよく使われてきたのが、芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)です。ドラッグストアでも簡単に入手できるので、家に常備しておくといいかもしれません。ロキソニンなどの消炎鎮痛剤のほうが即効性がありますので、漢方は補助的になります。ただし、漢方は痛み止めのように胃腸をこわすこともなく、胃が痛くなることもなく、長期に服用しても比較的安心です。漢方を併用すれば、鎮痛剤の使用量が少なくてすみます。慢性的な腰痛の場合、その腰痛の原因がどのようなものであれ、疎経活血湯(そけいかっけつとう)が長引く腰痛の緩和には有用です。高齢者の長引く腰痛などには、とてもよく利きます。疎経活血湯(そけいかっけつとう)もドラッグストアにて入手できるので、腰痛の悩みがある場合、試してみることをお勧めします。漢方医学において、腰痛を起こす老化そのものを改善させる処方として、八味地黄丸(はちみじおうがん)がよく知られています。腰痛を何度も起こしている人の場合、ふだんから、八味地黄丸を服用して、体質を改善するというのもよい方法です。

漢方療法の発展の歴史

日本における漢方医学は、奈良時代に多くの医学書が日本に渡来したのがその起こりとされています。それ以前にも和方ともいうべき、日本独自の生薬の活用法がありました。その流れのうえに、漢方医学が合流したのです。そして、中国の漢方は現代では中医学と称されていますが、日本では流儀が渡来した時代によって、特徴ができています。歴史的には、古方、後世方、折衷派の三つの流れがあります。日本においては、最初に後世方が室町時代までに隆盛をきわめ、江戸時代になってから古方が発展しました。古方というのは、三国時代に編纂された「傷寒論」を古典として、
その運用をきわめていく流派です。後世方とは、中国の元の時代にまとまった治療学を主としています。これが元寇のあと、室町時代にかけて、日本でも発展しました。現在においては、日本の医師は、西洋医学を修得したうえで、東洋医学を学びますので、西洋医学、東洋医学を両方とも使いこなす医師が普通です。中国や韓国では、西洋医学と東洋医学が切り離されており、医師はどちらかの資格しか持っていません。

世界で一番、すぐれた東洋医学が日本で完成できた大きな理由

それは明治維新の頃に話がさかのぼります。明治維新の時代、日本は欧米列強に追いつくことで、国を西洋の白人の国の侵略から防衛しようとしました。そのとき、西洋の科学文明に完全に追いつくために、西洋医学を正式な国の医学に定めました。医師国家試験の制度ができ、その試験科目が西洋医学と定められたのです。この法律制定がきっかけで江戸時代から続いていた漢方医の多くが失業したり、廃業することになりました。医師の免許をもてなくなったためです。こうして、大規模な漢方の衰退がこの時代におこりましたが、明治天皇の主治医の一人には当時三本の指に入る漢方医であった浅田宗伯が宮内省侍医に任命されるなど、漢方を信頼する人々は皇室にもたくさんいました。漢方医の有志の一部は子息を医学校に入れて、西洋医学の医師免許をとらせたりすることで、一部は存続しました。そのずっと後の昭和時代になって、漢方薬のエキス剤が開発されると170種ほどが保険収載されました。そして日本東洋医学会が設立され、有志がここで漢方を学ぶようになりました。さらに富山医科薬科大学(現・富山大学医学部)に和漢診療部が設立され、保険診療で漢方の煎じ薬を使う診療を開始しました。近畿大学医学部には東洋医学研究所ができて、ここは自費診療ですが、同様の煎じ薬を用いて、漢方診療を行うようになりました。そして、東京女子医大や北里大学にも同様の施設ができ、しだいに漢方が復興していきました。このような歴史があるので、漢方はいったんダメになったところから再興しているため、今はあまり普及していないということなのです。

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